ボリヴェーガル理論と覚醒レベルの関係

人には最適な覚醒レベル・範囲があります。

自分がイライラしているときの感情で

覚醒レベルがどこにある状態か

理解できていますか?

 

自律神経系における3つの覚醒レベルから

説明していきますね。

 

自律神経系の構成

自律神経系(Autonomic Nervous System, ANS)は

身体の生存反応の基本機能を担当している神経系です。

 

自律神経系は

脳の中枢とのコミュニケーション

心理的なものを機能し、

身体の末梢の諸器官とのコミュニケーションにおいて

生理的なものが機能します。

脳 ⇆  自律神経系 ⇆ 身体
心理         生理
は、自律神経系の精神生理学的研究をしているポージェス博士における
「脳と身体の双方向的なコミュニケーション」
とした自律神経系の考え方になります。

自律神経系には

交感神経系と副交感神経系が

交互に働いて身体の生存反応の基本機能

を支えています。

 

それぞれの役割には身体全体を

活動的な状態にする交感神経系

休息を促す副交感神経系

というものがあります。

 

2つの迷走神経

自律神経系の伝統的な交感神経と副交感神経

の考え方に加え近年トラウマへの対処と深く関連する

神経系があります。

 

ポージェス博士が提唱(1995)した

脊椎動物の進化の観点から系統発生学的に理論を構築した

”ポリヴェーガル理論”と3つの神経系統システム

があります。

 

ポリヴェーガル理論の日本語訳では

多重(ボリ)

迷走神経(ヴェーガル)

と言います。

 

ポリヴェーガル理論は脊椎動物の進化の観点から

人間の情動や社会的行動を説明されている

ユニークさがあります。

 

この理論の副交感神経の中に

腹側迷走神経

背側迷走神経

という二つの迷走神経があります。

それらは複数の神経の集まりであり

複合体で構成されています。

 

腹側と背中側の迷走神経なのですが、

身体の背中側またはお腹側を走る

迷走神経という意味ではありません。(笑)

それぞれの神経が延髄で起始する神経核が

延髄の断面で背中側にあるか

お腹側にあるかの違いにあります。

 

これら迷走神経系はトラウマなどからくる

心身の症状を理解し回復へ欠かせない

必須神経系となります。

それぞれの役割をみていきましょう。

背側迷走神経

系統発生的に古い神経系になります。

反射器官は横隔膜より下にあり無髄神経。

作用特性としては受動的無意識的

植物的な迷走神経(vegetative vagus)

呼ばれます。

腹側迷走神経

系統発生的に新しい神経系になります。

反射器官は横隔膜より上にあり有髄神経。

作用特性としては能動的意識的

機敏な迷走神経(smart vagus)

呼ばれます。

 

二つの迷走神経における特徴的な行動機能

二つの迷走神経はとても特徴的な

行動機能があります。

 

背側迷走神経の行動機能では、

定位反射(orienting reflex 一過性の注意反応のこと)

凍りつき

回避行動(不動化)

 

腹側迷走神経の行動機能では、

注意反射(attention response )

運動

情動

コミュニケーション

 

があります。

これら対照的な迷走神経の行動機能ですが、

良い悪いの話ではありません。

 

系統発生的にできた神経だけの話です。

爬虫類までの脊推動物の時は、

”背側迷走”で事足りていたが

哺乳類動物以降は”腹側迷走”なしには生存

していけないからできたということです。

覚醒レベルとポリヴェーガル理論

ポリヴェーガル理論を覚醒レベルで見ていきます。

以下の表の縦軸は覚醒レベル、横軸は治療プロセスと見てください。

高覚醒
(交感神経の覚醒)
感覚の拡大
情動の反応
過剰な警戒状態
無秩序な認知処理
 

最適な覚醒ゾーン
(腹側迷走神経)

 

人との社会交流
耐性領域(※)
低覚醒
(背側迷走神経)
フリーズ
解離
無効な認知処理
身体的な動きの減少

(Ogden and Minton, 2000)

 

交感神経が刺激されると、身体は”闘争か逃走”に備えます。

迫る危険からサバイブする為に、反応する神経系になります。

 

腹側迷走神経システムは、人間関係や絆、愛着を活性化します。

人との社会交流システム(Social Engagement System)

を持っている神経系になります。

 

背側迷走神経の刺激は、凍りつきや解離がおきます。

うまく闘争か逃走ができないと身体が凍りつき

死んだフリならぬ降参モードに入ります。

感覚も感じなくなったり脳の正常な認知機能が

働かなくなったりします。

 

 

(※)最適な覚醒レベルの範囲を、

オグデン博士はダニエル・シーゲル博士の概念を借りて

耐性領域【Window of tolerance】

(Ogden et als,2006)

として捉えました。

 

日々社会で活動していると、覚醒レベルが上下したり

交感神経が過覚醒してしまうことはよくあることです。

神経系が耐性領域から外れるようなことがあっても

すぐにまた自力で戻れる自己調整ができればいいのです。

 

しかし、トラウマなどが残っている場合、

覚醒レベルの上下が激しくなります。

ちょっとしたきっかけでスイッチが入ったように

イライラしてしまったり、

無気力で動けなくなったりしてしまいます。

 

交感神経系のバランスは腹側迷走神経あっての

健康でありバランスでもあるのです。

人との社会的な関わりができなくなってきていたら

専門的なケアが必要なサインかもしれませんね。

トラウマとソマティックセラピー

ソマティック的トラウマの回復は、

身体に残る未完了のエネルギーの解放や

そのとき取りたかった行動の修正体験をしたりします。

 

自分の対処能力を超えた未完了の反応や

交感神経系の”闘うか逃げるか”の防衛機制ができなかった記憶

に伴う交感神経の過覚醒で起きる身体的な反応。

あるいは、背側迷走神経の刺激で起きた解離や凍りつき

などの身体の反応が残っている。

これらに対してセラピストとともに解放していきます。

 

過去のトラウマ記憶を扱うこともありますが、

クライエントさんが今どういう神経系の状態なのか?

今どういう癖やパターンがあるのか?

今この場にいて何をどう感じているのか?

が過去の話よりもより注目する所になってきます。

言語の語りより身体に聞いていくソマティックセラピーは

特にトラウマ解放に有効と言われる所以です。

 

もちろん、認知や言語のみのアプローチも一つの

手段であると思います。

自分の身に起きたことを理解するための

認知的な自己理解も回復の上では大切ですし

ナラティブから物語の再構成をし直すこともあります。

しかし、やり方を間違えると語ることで

さらに辛いものになりかねないことも起こりえます。

 

脳や神経系など身体からのアプローチから

それまで原因不明だった謎の

身体表現性疾患として出る

頭痛、肩こり

めまい、過敏性腸症候群

パニック、全般性不安

などの改善につながることもよくあります。

 

さいごに

ハラスメント被害でPTSDになった方がこられました。

心療科に通院しながら認知と行動の部分の治療を1年以上

受けてこられました。

復職する前にトラウマで残っているところを

できる限り処理したいとの希望がありました。

身体の感覚と神経系にアプローチしたセッションを数回。

再び元気に社会復帰されていかれました。

 

もし、まだケアしきれていないところがあったり

耐性領域が狭いなぁと感じておられたら

一度ソマティックなセラピーを試してみるのも

有効かもしれませんね。

 

参考文献:「ポリヴェーガル理論」を読む 身体・心・社会 津田真人著

トラウマと解離症状の治療 サンドラ・ポールセン著